「CEIPA × TOYOTA GROUP “MUSIC WAY PROJECT” Professional Seminar Flagship Series 1st Edition(インド編) Supported by JETRO」レポート

6月11日、音楽業界関係者向けの公開セミナー「CEIPA × TOYOTA GROUP “MUSIC WAY PROJECT” Professional Seminar Flagship Series 1st Edition(インド編) Supported by JETRO」が東京・渋谷ストリームGoogleオフィスで開催された。
日本の音楽のグローバル展開と持続的な成長を目指す共創プロジェクト「MUSIC WAY PROJECT」の一環として、2025年にスタートした「Professional Seminar」。本セミナーは、アーティストの海外進出へ向けた情報共有や人脈作りを目的としており、今年はセミナー形式の「Flagship Series」、参加者同士の意見交換を主軸とする「Community Workshop」、より発展的な実践講座「Intensive Workshop」の3形式で年間を通じて行われる。
本年度の「Flagship Series」初回にあたる今回は、「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」アワードウイークのさなかに行われたこともあり、「東京国際ミュージック・マーケット(TIMM)」のプログラムに含まれる形で実施された。「インド編」と題し、インドの音楽シーンの現状や、日本のアーティストがインド進出を図る際の留意点などが識者によって語られた。
インド音楽市場の現在地と、日本のコンテンツが持つ可能性
セミナーは2部構成で進められ、第1部は「Indian Music Market Overview」と題し、JETRO(日本貿易振興機構)の川崎宏希氏とジェニカ・カルラ氏、YouTube Indiaのラムプラサード・スンダー氏、Universal Music Indiaのドリスティ・バティジャ氏がインド音楽市場の概要について解説した。第2部「Future of the Indian Market」では、上記4名が一堂に会してパネルディスカッションを行い、インド音楽市場が有するポテンシャルを紐解いた。
第1部で最初にスピーチを行ったJETROの川崎氏は、国民の平均年齢が約28歳というインドを「圧倒的な若さを誇る市場」と定義する。1人あたりの所得は日本の高度経済成長期と同水準の伸びを見せており、進出企業の約7割が黒字を達成する収益性の高い市場を形成しているという。今後は日本のコンテンツをただインドへ輸出するだけではなく、現地企業との“共創”による価値創造も将来的に見据えていくべきだと提言した。
続いてインドの文化面について述べたカルラ氏は、映画とクリケットがインド国民にとっての娯楽の柱であり、安価な通信環境を背景としたモバイルファーストが浸透していると説明した。音楽市場においては、伝統的な映画音楽に加えてヒップホップなどのモダンなジャンルも台頭してきており、さらにコロナ禍以降に日本のアニメが爆発的な人気を博したことで日本の音楽も浸透し始めているという。日本のコンテンツは単に「知られている」段階から、「愛される」段階へと進化を遂げているとの見解を示した。
次に登壇したYouTube Indiaのスンダー氏は、インドが経済、デジタル、通信の変革期にあり、2030年には世界第3位の経済大国へ成長するとの見通しを提示。世界最安水準の通信費が、ビデオストリーミングやAIの爆発的普及を支える基盤になっているとした。市場理解の鍵は、伝統と現代消費が融合した「ABCD(占星術、ボリウッド、クリケット、信仰の頭文字を取った略語)」なる概念にあると語り、宗教音楽とダンス音楽の融合「バジャン・クラッビング」の流行や、ヒンディー語中心だったコンテンツ言語の地方言語への急速な多様化などを押さえるべき要素として挙げた。
スンダー氏は、日本の音楽の可能性について、藤井 風の成功をモデルケースに挙げ、現地の精神文化と共鳴することの重要性を指摘。さらに、子供の約2割が視聴する日本のアニメがJ-POPの普及における極めて有力なゲートウェイになっていると説いた。加えて同氏は、インド市場攻略にはプレゼンスの確立が不可欠だと断言。単発の施策ではなく、現地拠点やパートナーシップを通じた長期的な投資、そして各地域の文化的文脈に即した戦略こそが成功の必須条件になると結論付けた。
そして第1部の最後に登壇したUniversal Music Indiaのドリスティ・バティジャ氏は、インド市場における2つの主要な柱として、ファン・エンゲージメントを目的とした自社コンテンツの展開と、公式マーチャンダイズの普及を挙げた。氏によれば、多様な文化が共存するインドでの成功には単なる海外展開の一環ではなく、当初から計画に組み込まれたローカライズが不可欠だという。日本から進出するアーティストには、現地の文化へ自然体で参加し、信頼を築く姿勢が求められる。具体的には、インドの伝統文化要素を映像に盛り込んだり、グッズ展開にヒンディー語を用いたりといった細やかな施策が有効であるとした。
現在、インドではアニメや食を通じて日本文化への関心がかつてないほど高まっており、音楽はその強力な基盤の上に重なる次の重要なレイヤーと目されている。バティジャ氏は、インド市場の攻略は短期的に達成できるものではなく、長期的な視点が必要となるものの、一度構築されたコミュニティは非常に強固なものになると総括。日本からのさらなるアプローチに期待を寄せ、スピーチを締めくくった。
複雑な巨大市場にいかに向き合うか──実践的アプローチと長期的な視点
第2部のパネルディスカッションは、「“国”ではなく“大陸”と呼ばれるインドの複雑な市場にどう向き合うべきか」という問いからスタート。スンダー氏は「難しく考えずに、まずはスタートすること」の重要性を説く。最初から大きな成功を狙うのではなく、小規模なコラボレーションを通じて着実に足跡を残していく手法が長期的なファンベース構築につながるとした。かたやバティジャ氏は、マーケティングの重要性を強調。「熱狂的な5人のファンを獲得することが何より大事。そこからは雪だるま式に支持が広がっていく」と成長のメカニズムを解説した。
インド特有のデジタル環境への対応についても、実務的な視点からの助言が送られた。スンダー氏はインド国内でTikTokが使用できない現状に触れ、特定のプラットフォームに依存しない“アグノスティック”な姿勢でファンと誠実に向き合うべきだと述べる。一方、カルラ氏は急速にスマートフォンが普及する地方都市に注目。アニメを入口としたポップカルチャー・イベントの有効性に言及すると同時に、宗教と政治という極めて繊細な領域に対する深い注意を求めた。神仏の不適切な扱いや、貧困などに対する旧来のステレオタイプなイメージの押しつけは禁物であり、現代の多様なインドをリスペクトする姿勢が不可欠であると強調した。
ボリウッドが圧倒的なシェアを占めるインド市場においてJ-POPが台頭するためのヒントとして、登壇者たちは「物語」と「協力」をキーワードに挙げる。バティジャ氏は「J-POPを独立した音楽ジャンルとしてインドで定着させるためには、楽曲やミュージックビデオに普遍的なストーリーテリングを組み込むべき」と論じ、インド人プロデューサーや作詞家を制作チームに組み込む手法が市場の壁を打ち破るカギになると主張した。スンダー氏からも、K-POPアーティストがインドの楽曲をカバーしたことで急速に支持を拡大させたという成功例が語られ、バティジャ氏の論を補強した。
ライブ興行についての話題では、スンダー氏が「大都市から活動を開始し、その熱量をデジタルコンテンツとして再発信する継続的なサイクルが重要である」と説いた。バティジャ氏は「大型フェスからの出演依頼を座して待つのではなく、小規模なクラブやカフェでの公演を積み重ねていく泥臭いアプローチこそが、最終的に大規模なオファーを引き寄せる」と付け加える。さらにバティジャ氏はマーチャンダイジングの観点から、偽物(非正規品)の流通に対抗するために“公式な本物”を届ける体制整備の重要性に言及。カルラ氏は、デジタル決済が高度に発達したインドの特性を生かしつつ、関税による価格高騰を避けるための“インド国内製造”という選択肢の有効性を示唆した。
最後に登壇者たちは、「インドは単なる消費市場ではなく、膨大な数のクリエイターと熱量あふれるファンが共存する拠点である」と見解を一致させる。日本のアーティストが実際に現地へ足を運び、そのエネルギーを直接体感することこそがインド市場攻略の最短ルートである、と総括した。
All Photo credit: (c) TIMM2026