音楽評論家・柳樂光隆が解説する日本のジャズの“今”──MAJ「最優秀ジャズアルバム賞」や開催ウィーク中のジャズイベントの見どころを語る

「世界とつながり、音楽の未来を灯す。」というコンセプトのもと、2025年にスタートした国内最大規模の国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」。6月13日に東京・TOYOTA ARENA TOKYOにて授賞式を控えている「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」では、昨年から規模を拡大して計77部門が設けられている。多彩な分野の作品やクリエイターにフォーカスが当たっているが、次々に台頭する若手実力派ミュージシャンを中心に国内で盛り上がりを見せているジャズも、MAJにおいて注目すべきジャンルだ。
本稿ではジャズを専門とする音楽評論家で、MAJの最優秀ジャズアルバム賞にも携わっている柳樂光隆氏にインタビュー。日本におけるジャズシーンの現状を解説してもらいつつ、MAJ2026「最優秀ジャズアルバム賞」のノミネート作品、6月8~10日に東京・ビルボードライブ東京で開催されるMAJによるジャズイベント「~“NOT A SCENE. A STATEMENT. | WaJAZZ”~」の注目ポイントを聞いた。「ジャズに興味はあるものの、何から聴けばよいかわからない」という初心者にとって、現在のシーンを知るためのガイドになれば幸いだ。
取材・文 / ナカニシキュウ
そもそも「ジャズ」って何?
──まず根本的なことを伺いますが、ジャズとはどういうものなんですか?
アメリカで生まれた音楽で、もともとはアフリカから奴隷として連れて来られた人たちとその子孫が誕生に重要な役割を担った音楽文化です。カリブ海の音楽やヨーロッパのクラシック音楽、軍楽隊の音楽など、当初からいろんな要素が混じったハイブリッドな音楽で、ボーカルものもあるんですけど比較的インストゥルメンタルの楽曲が多く、即興演奏が重要な要素になっているのがひとつのポイントだと思います。

──ひと口に「ジャズ」と言っても、さまざまな種類がありますよね。「もはや別ジャンルでは?」と感じるほど違うものが多くある印象です。
最初に「ジャズ」と名前が付いた曲が登場したのが1917年なのでおよそ110年ほど前なんですが、そこからの長い歴史の中でさまざまな変遷をたどってきた結果です。戦前のジャズからスウィング、ビバップ、モード、フリーと時代時代で形が異なるジャズが現れていって、1960〜70年代にエレクトリック楽器が使われるようになると、ロックやファンクの要素が加わってフュージョンと呼ばれる音楽も生まれました。それはたぶんロックも同じで、いわゆるロックンロールがヘヴィメタルやパンクロックになったり、さらにポストパンク、ポストロックなどへ進化していった中で、それらすべてを含めて「ロック」と呼びますよね。それと同じようなものとしてジャズも捉えていいんじゃないかな、と僕は思っています。
──ちなみに今のお話に出てきたフュージョンという音楽は、「MAJ」においては「最優秀ジャズアルバム賞」の選考対象になっています。フュージョンはジャズに含まれるもの、と考えていいんですか?
はい。ジャズから派生したもの、もしくはジャズミュージシャンがやっている音楽ですね。音楽性が異なるように聴こえるものもあるかもしれませんが、即興演奏などジャズの要素は色濃く残っています。
今の日本のジャズはすごく面白い状況にある
──現在の日本のジャズシーンはどういう状況にあるのか、柳樂さんの見解を聞かせてください。
日本のジャズの歴史はすごく長くて、世界的に見ても非常に豊かな歴史を持つ国だと思っています。その中で、2000年代に上原ひろみが出てきたことが、とても大きいと思います。上原さんはロバート・グラスパーと同い年なんですが、彼女はバークリー音大在籍中の2003年にいち早くデビューして、国内外でも名前を知られるトップアーティストになります。そこから10年後の2010年代に彼女と同世代の黒田卓也やBIGYUKIなど、海外で活躍する人が一気に出てきました。ほかにもSnarky Puppyというグループにパーカッション奏者の小川慶太がいたり、ニューヨークにはベーシストの中村恭士がいたり……ちょうどその時期にYouTubeやSpotifyが台頭してきたことも相まってだと思いますが、そこで一気に状況が変わった印象があります。でも、最初に扉を開けたのは上原ひろみで、彼女の成功はその後の日本のジャズを大きく変えたと思います。
──なるほど。上原ひろみ以前 / 以後でパラダイムシフトがあったわけですね。
そういったミュージシャンを見ていた次の世代である石若駿、馬場智章、MELRAW(安藤康平)、井上銘……そのあたりの“ポスト上原ひろみ・黒田卓也世代”が、J-POPなども含めた今の日本の音楽の中心に近いところにいる感じですね。さらに石若駿の世代を見て育った20代も出てきていて、その人たちがもうすでに「MUSIC AWARDS JAPAN」のエントリーにガンガン入ってきている、というのが今の日本のジャズの状況です。
──つまり、とても面白い状況にあると。
そうですね。今年のエントリーには大学在学中のミュージシャンも入ってきてるくらい若い世代が出てきていますし、今はいろいろ変わりつつあるすごく面白いタイミングですよ。
──若干話が逸れますが、近年海外で高中正義さんやカシオペアをはじめとするいわゆるJ-フュージョンが人気を博しています。この潮流を柳樂さんはどう見ていますか?
最近、2週間ほど北欧へ行っていたんですが、レコ屋を回っていたらおしゃれなお姉さんが「TAKANAKA」と書かれたトートバッグを持っていたり、ヘルシンキのカフェでサディスティック・ミカ・バンドがかかっていたりと、本当に流行っているのを実感しました。ただ、高中さんとかの人気はフュージョンの枠ではあるんですけど、シティポップブームの延長にあるものだと思うので、今の人気は日本のジャズとはまた違う文脈の話かなという気はします。
──おっしゃるとおりだと思います。
ただその一方で、いわゆる“和ジャズ”と呼ばれる日本の古いジャズのレコードが今、海外ですごく人気なんです。福居良や鈴木弘のレコードが普通にレコ屋で売られてるし、イベントなどでもかかっている。意外な話としては、石若駿や馬場智章は晩年の福居良とつながりがあったらしいんですよ。そもそも石若駿をフックアップしたのは日野皓正です。そういう和ジャズのレジェンドたちと直接のつながりを持つ最後の世代が石若たちだというのは、面白いポイントかもしれないですね。
──なるほど。ちょっとずつ違う文脈でいろんな盛り上がり方をしている、という見方もできそうですね。
そうですね。例えば今年のMAJの「最優秀ジャズアルバム賞」にカシオペアがノミネートされていますけど、僕が教えている音大の学生たちは、ほぼ例外なくJ-フュージョンを通ってきているんですよ。というのは、日本の吹奏楽文化やヤマハ音楽教室の文化がけっこうフュージョンと密接につながっているからなんです。特に吹奏楽の分野では、「宝島」という曲(T-SQUARE「TAKARAJIMA」の吹奏楽アレンジ)を必ずやるんですよ。なので日本の若いミュージシャンたちは、日本のフュージョンと強く結び付いていたりしますね。
上原ひろみ=大谷翔平
──そんな日本のジャズシーンにとって、昨年始まった「MUSIC AWARDS JAPAN」はどのような意味を持つものですか?
上原ひろみくらいまでの世代のジャズミュージシャンは、「海外に留学してそのまま現地で活動する」というのが1つの成功ルートだったんですが、石若駿以降の世代では、留学を経ずに国内だけで大成するパターンも一般的になってきました。ただ一方で、海外での活動がなければ海外の人脈を作りにくいのもあり、「海外へ出て行くには不利である」という障壁になっているのも事実です。日本から売り込むにしても、海外のフェスティバルなどに出演したり、レーベルと契約したりする際には、自国のアワードで新人賞なりジャズ部門賞なりを受賞していたり、ノミネートされていたりすることも重要になってきます。今までの日本にはそうしたある種の“お墨付き”を、ジャズ・ミュージシャンに対して与える仕組みがありませんでした。「日本でちゃんと評価されているアーティストは誰なのか」を海外の人が見つけづらい状況が長年続いていたんですが、それがMAJによってようやくできるようになった。そういう意味で、MAJにはすごく可能性を感じますね。
──なるほど。これまではアーティスト本人の実力のみが頼りだったところに、実力に見合ったネームバリュー的なものを付加することができるようになる。
そうですね。MAJでは「FOR MUSIC LOVER 4つの約束」というものを掲げていまして、それは「透明性」「グローバル」「賞賛」「創造」なんですけど、そのうちの「グローバル」が今のお話です。そして「創造」が「表彰だけでなく、ここから未来を創造する」という理念を表しています。ジャズ部門に関してはその部分がまさに当てはまるので、大いに期待をしていますね。
──昨年の「最優秀ジャズアルバム賞」には、矢野顕子×上原ひろみ「Step Into Paradise -LIVE IN TOKYO-」が選ばれました。この結果についてはいかがですか?
現状、上原ひろみはもう大谷翔平みたいなものというか(笑)、1人だけ人気も実力も評価もぶっちぎりな存在になっているんですよね。楽曲の再生数とかもぶっちぎりですし、海外でも「Hiromi」を知らないジャズ関係者はいません。その上原ひろみが矢野顕子とのデュオで録音した、ある種のインプロビゼーションが含まれるアルバム作品としての評価だと思うので、妥当だと思います。
──非常にわかりやすい(笑)。大谷が無冠というのはおかしいですもんね。
でも、日本の大きな音楽賞でジャズ部門を選ぶとなると、どうしても権威のある人、キャリアや年齢がすごく上の人が選ばれそうなイメージがやっぱりあります。そもそもジャズは投票する人の年齢層も高くなりがちなジャンルだと思うんです。でもMAJの主要部門を獲るのがMrs. GREEN APPLEやCreepy Nuts、藤井風、YOASOBIなどであることを考えると、ジャズ部門でもやはりそういった世代の人たちが獲れる可能性がしっかりあることが健全だろうし、そうでなければリスナーにも納得してもらえないとも思っています。なのでMAJでは、ジャズ部門の投票メンバーとして、活発に活動していて、今のシーンのムードを感じ取っている20代から40代くらいまでのミュージシャンにたくさん参加いただいています。MAJとしては、“現場の感覚”が反映される賞にしていきたいと考えていますし、ミュージシャンたちと一緒に賞を育てていけたらとも思っています。
“現場の感覚”に近いノミネート
──今年の「最優秀ジャズアルバム賞」には黒田卓也さん、渡辺貞夫さん、石若駿さん、上原ひろみさん、井上銘さん、カシオペアの6組がノミネートされています。これはどんなラインナップと捉えていますか?
リスナーの方も演奏家の方にも、「かなり現場の感覚に近いな」と感じていただけている気がしますね。中でも井上銘と石若駿の作品に関しては、インディーレーベルから出ているんですよ。まさに今のシーンの中心を担っている30代のミュージシャンがちゃんとノミネートされていて、なおかつ渡辺貞夫のような大御所から、カシオペアのようなベテランバンド、上原ひろみというスーパースターも入っている。現場的にもかなり納得感のあるラインナップなんじゃないかなと思います。

──どの人がどういう立ち位置なのかよく知らない人のために、このリストの見方をアドバイスいただいてもいいですか?
わかりました。まず上原ひろみの「OUT THERE」は、彼女の新しいプロジェクト・Hiromi's Sonicwonderの2作目ですね。海外のトップアーティストたちと録音した、たぶん今一番多くの人に知られている日本のジャズアルバムなんじゃないかなと思います。渡辺貞夫の「HOPE FOR TOMORROW」は、90歳を超えた今も衰えることなく現役で演奏されている大御所のアルバムがここに入っている、ということが素晴らしい。カシオペアはJ-フュージョンのレジェンドで、先ほども触れましたがJ-フュージョンの海外人気が今ものすごいので、”海外から見た日本のジャズ”を示す意味ですごく重要なバンドなのかなという気がします。そして、日本で初めてアメリカのブルーノート・レコードと直接契約をした黒田卓也は、今の30代、20代にとっては目標となるアーティストです。そんな黒田卓也が入っているというのも、今年の重要なポイントかなと。そこに加えて、ジャズに限らずドラムをやっている多くの人にとって憧れの存在となっている石若駿、彼と同世代でシーンの中心にいる井上銘の作品も入ってきている。バランスよくいろんな世代が並んだな、という印象ですね。
──ありがとうございます。ちなみに、柳樂さん的に「なぜこの人が入っていない?」というアーティストはいますか?
個人的に、今年ノミネートされたらよかったなと思うのは梅井美咲ですね。中村佳穂や羊文学の塩塚モエカと共演していたり、J-POPの世界でもだんだん名前が知られてきているピアニスト・作曲家です。彼女の1stアルバムが素晴らしかったので、入っていても全然おかしくなかったなと。もう1人挙げるとすると、今年グラミー賞に2度目のノミネートを果たした挾間美帆の「Live Life This Day: Movement I」。海外では上原ひろみに次ぐ知名度ですし、間違いなく世界のトップアーティストの1人なので、今後のMAJではそういう海外での評価も加味されるようになっていったらうれしいなと思っています。
日本のジャズの“今”を体感できるライブイベント
──MAJ授賞式に合わせたアワードウイーク中、ジャズライブイベント「~“NOT A SCENE. A STATEMENT. | WaJAZZ”~」が6月8〜10日に東京・ビルボードライブ東京で行われます。これはどういったものなのでしょうか。
「今の日本のジャズシーンはこうだ」というものを見せる、ある種のショーケースのようなライブイベントです。「NOT A SCENE. A STATEMENT」というタイトルを付けていますが、ジャズの中にもいろんなシーン、つまり“界隈”みたいなものがあるんですよ。そういう縦割りの括りではなくて、「今、ジャズ界で面白いことをやっている人たちをピックアップして並べました」というのが1つアピールポイントではありますね。さらにタイトルに「WaJAZZ」という言葉を足していますが、今海外では日本のジャズと言えば60、70、80年代のジャズのレコードが強くイメージされます。実際、去年の「EFG London Jazz Festival 2025」では森山威男がかなり大きな会場で演奏をして、すごく好評を得ました。その感じがあまり日本には伝わっていない気がするので、レジェンドの演奏を日本のリスナーにも聴いてもらいたいという思いがあり、若手中心のラインナップに森山威男を加えています。

──偏りなく、フラットに全体を俯瞰できるものになっていると。
「今ここを聴いとくといいよ」というアーティストを若手中心に集めた感じですね。とりわけ日本においてはJ-POPとジャズの結び付きがとても重要なので、1日目に「JAZZ NOT ONLY JAZZ in MAJ」という、石若駿を中心にゲストボーカルが入る形のライブをやってもらいます。そのように、いろんな形で日本のジャズの“今”を体感できる場にしたいと考えて準備しているところです。
──横断性がアピールポイントになるということは、逆に言うと今までそういうイベントはなかったんですか?
ジャズの枠にこだわったイベントという意味では、ここまでのものは珍しいと思いますね。
日本のジャズに特化した年間ベストはなかった
──そうした試みなどを経て、将来的に日本のジャズ界がどうなっていくのが理想ですか?
石若駿や馬場智章あたりの今30代のミュージシャンが、本当にここ10年の日本のジャズを一気に盛り上げてきた世代なんですけども、彼らはもう国内ではかなりやりきった印象がありまして。これからの10年で彼らがどう世界へ出ていけるかを見たいですね。さらに、そんな彼らの背中を見てきた次の世代はもっと自由に、大胆にいろんなことをやっています。梅井美咲もそうですし、ヒップホップやビートミュージックの要素を取り入れた寺久保伶矢、クラシック音楽とのハイブリッドが逆に新しくて面白い松井秀太郎など、すごくオープンなジャズのあり方を体現している。もしかしたら彼らのほうが、海外で発見されるのは石若世代よりも早いかもしれない。どっちが先に海外に出られるかみたいな感じで、競ってくれるといいなと思いますね。
──では最後に、「読者にこれだけは伝えておきたい」ということがあれば。
繰り返しになりますが、今の日本のジャズは若手のミュージシャンたちによってすごく盛り上がっています。現場の人間が一番それを感じていて、我々MAJのジャズ部門の運営としてはそのサポートをしていきたいと思っていますので、普段からジャズを聴いているリスナーの皆様にはぜひ温かく見守っていただけたらうれしいです。一方でジャズにあまりなじみのない方に対しては、MAJのエントリーやノミネートなどを通じて「今年はこのアルバムがよかったんだな」というものを見せられると思います。プレイリストも用意していますので、毎年楽しみに見ていただいて、作品を聴いてみていただけるとすごくうれしいですね。
──「ジャズに興味はあるけど、どこから入っていいかわからない」という人はものすごく多いと思います。そういう人にとって、MAJのノミネート作品はまさに指標のひとつになりますよね。
はい。ジャズ雑誌などで「年間ベストアルバム」のようなランキング企画はずっとあったんですけど、日本のジャズに特化した年間ベストはなかったので。これまで雑誌ではなかなかやりづらかったところを、ようやく見せられるようになった。MAJでは透明性が担保されています。投票者に実演家が多く含まれることもあって、ちゃんと“中身”が評価されやすい賞になっていますし、なおかつセールスや再生数も加味される。そのバランスが取れているのが素晴らしいなと思っていますね。その上で“現場の感覚”が反映されるような工夫をして、支持される賞にしていきたいと考えています。
~"NOT A SCENE. A STATEMENT. | WaJAZZ"~
JAZZ NOT ONLY JAZZ in MAJ
2026年6月8日(月)東京都 ビルボードライブ東京
<出演者>
石若駿 / 渡辺翔太 / マーティ・ホロベック
スペシャルゲスト:田島貴男(Original Love)/ 大橋トリオ
JAZZ EXPANSION
2026年6月9日(火)東京都 ビルボードライブ東京
<出演者>
梅井美咲 / 松井秀太郎カルテット / 黒田卓也
WaJAZZ & BEYOND…
2026年6月10日(水)東京都 ビルボードライブ東京
<出演者>
寺久保伶矢 / Tenors In Chaos / 森山威男カルテット