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「客席に音の死角を作らない」サカナクション「怪獣」ツアーの没入感を高めた“PA屋さん”の裏側|「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」最優秀ライブ音響スタッフ賞 受賞者インタビュー

日本の音楽業界主要5団体が垣根を越えて設立した一般社団法人カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会(CEIPA)が、「世界とつながり、音楽の未来を灯す。」というコンセプトを掲げ、2025年にスタートさせた国内最大規模の国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」。今年6月に授賞式が行われたMAJ2026では、前年から規模を拡大して計78部門が用意された。新設された部門の中には、音楽ライブやイベントの舞台制作スタッフを顕彰するライブスタッフ賞も。日本の音楽産業を牽引するアーティストやクリエイターに加えて、ライブ体験を裏で支えるプロフェッショナルにも光が当てられた。

この記事では同部門より、サカナクションのツアー「SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”」で最優秀ライブ音響スタッフ賞を受賞した株式会社アコースティックの佐々木幸生氏にインタビュー。客席に“音の死角”を作らないサウンドシステム「speaker+」のこだわりから、PAという仕事の魅力まで、ライブ音響の真髄を聞いた。

取材・文 / ナカニシキュウ

株式会社アコースティックの佐々木幸生氏。

自分たちのやってきたことを評価してもらえた喜び

──まず、佐々木さんが何をされている方なのかをよく知らない読者のために、簡単な自己紹介をお願いします。

 

いわゆる“PA屋さん”と呼ばれる、音響の仕事をしている人間です。僕はその中でもFOH(Front of House)といって、ライブ会場でお客さんが聴く音の調整をしています。

 

──これまでに携わった代表的なアーティストを挙げていただけますか?

 

かなりいっぱいいますが……サカナクション以外では坂本慎太郎さんや羊文学、電気グルーヴ、カネコアヤノさん、OGRE YOU ASSHOLE、D.A.N.、THE SPELLBOUND、TESTSETとか。過去には後期YMO(Yellow Magic Orchestra)なども担当していました。エレクトロニック系とオルタナティブ系がわりと多いですね。

 

──その中で今回、サカナクションのライブツアー「SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”」が対象となり、「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」の最優秀ライブ音響スタッフ賞を佐々木さんと笠井宏友さん、八木嘉己さんが受賞されました。率直なお気持ちを聞かせてください。

 

単純に、自分たちのやってきたことを評価してもらえたのがすごくうれしいです。今までこういう賞はなかったですし、「スタッフも表彰してもらえるんだ」ということで、受賞を目指してがんばる人が今後増えてくるんじゃないかなと思いました。

「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」Premiere Ceremonyでステージに登壇する佐々木幸生氏。

 

──業界内でも話題になっていますか?

 

こういう賞が新設されたということで、ザワザワしてはいましたね(笑)。どうすればノミネートされるのかもわからないですし、まだ浸透しきってはいないですけど、今回の授賞式でだいぶ知られるようになったんじゃないかなと思います。

 

──実際に周囲の方から何か反響は?

 

「受賞おめでとうございます」とすごくたくさんの方から言っていただきました。普段からいろいろな現場へ行きますし、特に今は夏フェスのシーズンなので(※取材は8月下旬に実施)、毎週あちこちに行ってるんですよ。そういう場で、同業者の方から声をかけられることが多いですね。

 

──それだけこのニュースが知れ渡っているということですね。

 

皆さん知ってますね。自分が賞を獲ったということも含めて、だいたいみんな把握しています。やっぱり今までなかったものなので、「どういうものなのか」という興味があるんだと思います。

“死角”を作らないライブの音作り

──ご自身では、どういった点が評価されての受賞だと思われますか?

 

サカナクションのライブにおいては「speaker+(スピーカープラス)」という、通常のLRだけではなく客席全体をフォローするような独自のサウンドシステムを構築しています。僕らは「客席に音の死角を作らない」という説明の仕方をしているんですけど、主にそのあたりが評価されたのではないかなと思っております。

 

──「音の死角を作らない」というのはどういうことですか?

 

どの席でもいい音で聴こえるような環境を構築する、ということをやっています。ステージ脇に吊るLとRのメインスピーカーのほかに、横や後方の席などに向けたスピーカーを追加で吊ることで、座席の位置による音の格差を生まないようにしているんです。サカナクションのライブに来たことがある人ならわかると思うんですけど、本当に至るところにスピーカーを吊ってあるんですよ。

 

──逆に言うと、通常のやり方では“死角”ができてしまうんですね。

 

そういうことです。音は遠くへ行けば行くほど物理的に小さくなっていくので、広い会場になるとどうしても“音が遠い”席ができてしまう。逆に最前列付近や横方向のスタンド席の場合は、距離は近くてもスピーカーが自分のほうを向いていない分、やはり音は遠くなります。なのでステージ下に小さなスピーカーをたくさん置いたり、横へ向けたスピーカーを吊ったりしているので、毎回だいたい200本ぐらい吊ることになるんですけど。

 

──200!

 

お客さんに「席が遠いから音が小さくてもしょうがないよね」と思わせるのではなく、どの席にいても普通にライブに没入できる環境を目指しています。観客に席の良しあしを意識させない、というところを評価していただけたのかなと思っています。

 

──確かにライブを楽しむうえでは、音がいいかどうかを気にすること自体が本来的にはノイズですもんね。

 

それも、今だからできることで。昔のコンサートではLRのスピーカーを積み上げて「遠くの席で音が悪いのは仕方がない」という考え方しかなかったので、“サービス”をしていなかったんです。それが機材の発達とともに、細やかなサービスができるようになってきた。もちろんその分、物理的にも時間的にも準備が大変ではあります。単純にモノが増えますし、事前にシミュレーションもするので。会場の形状や特性によって、どういう形で音が分布していくかを計算してスピーカーの配置を決めるんですけど、それにすごく時間がかかります。

 

──そうした工夫によって、観客は余計なことを考えずに音に集中できるようになると。音響技術が上がれば上がるほど、その存在が逆に意識されなくなっていくということですよね。

 

ライブに没入してもらうことが目的ですから、そうなるとお客さんは音の良しあしを意識しなくなるかもしれませんね。

 

──そこに寂しさはありませんか?

 

まったくないです。サカナクションのライブは音響を売りにしている部分もあるので、お客さんもそれをわかったうえで来てくれますから、すごく感謝されます(笑)。終演後にPA卓のところまで来て感謝の意を伝えてくれるお客さんもいらっしゃいますし。

 

──さすがサカナクションのファンという感じですね。

 

そうですね。よくわかってらっしゃる方が多い。

サカナクションのツアー「SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”」の様子。(撮影:後藤武浩)

本番の音をアーティスト本人は絶対に聴けない

──アーティストとのコミュニケーションにおいては、どんなことを大切にされていますか?

 

そのアーティストがどんな音を出したいのか、どういう音楽をやっているのかを理解することがすごく大切ですね。ロックでもジャズでもテクノでもなんでもそうですけど、その音楽が持っている雰囲気を適切に汲み取って音の聴こえ方をコントロールするのがPAの仕事なんです。できればアーティストと直接話せるのが一番望ましいですが、特に要望もなく「お任せで」という場合もあるので、そういうときは完全にこちらの解釈でやらせてもらっています。

 

──お任せという場合もあるんですね。てっきり全アーティストが「こういう音を出したい」というこだわりを強く持っているものだとばかり思っていました。

 

新人アーティストの方とかだと、まだ自分が何を求めているのかわかっていない場合もあるので。

 

──ああ、なるほど。理想はあっても言語化できないパターンなどもあるでしょうしね。

 

それに結局のところ、本番の音を本人たちが客席で聴くことは絶対にできないので、最終的にはもう信頼して任せてもらうしかないんです。実際にライブで出ている音をアーティスト本人が評価することは不可能ですから、周りの人からの「あれがよかった」「これはよくなかった」という声を参考に改善していく、ということになりますね。

 

ライブ会場での他セクションとの連携

──照明さんや美術さんなど、他セクションとの連携も大事になってくるかと思います。

 

サカナクションの場合はけっこう、各セクションの人同士がちゃんと意見を言い合えるチーム作りがなされていますね。例えば「ここの照明をもうちょっとこうしたほうが」とかを客観的な立場から伝えることもありますし、あとは単純に機材の置き場の相談もあります。物理的な制約もあるし、音楽的な都合もあるので、事前に綿密な打ち合わせをしておかないと大変なことになってしまう。なので舞台監督さんを中心に、そのあたりを調整していきます。

 

──「音響的に本当はこうしたいけど、それだと照明さんが困る」というようなせめぎ合いはあったりするんでしょうか?

 

サカナの場合はもうみんな長くやっているスタッフなのでそんなにないですけど、場所の取り合いとかはあったりもしますね。やはりアーティストの意向が最も優先されるべきなので、例えば楽器用の機材などで「どうしてもここに置きたい」というものがある場合は、それを踏まえてほかの物事が決まっていく。話し合いをしながらうまく折り合いをつけて調整していくことになるので、ある程度妥協しなければいけない場面も、あるときはあります。

 

──その場合に何を削るのかは、「そのライブで欠かせないものは何か」によって決まるわけですよね。

 

そうです。会場の物理的な制約もあるので……大きなアリーナになるとスピーカーも照明機材も大量に吊ることになるので、全体の荷重が制限をオーバーしちゃうときもあるんですよ。そういう場合は「スピーカーを1本削れないか」とか「照明機材をもっと軽いものに変えられないか」とか、事前に細かく打ち合わせをします。そこで演出を優先するのか、照明を優先するのか、音響を優先するのかは、最終的にはアーティストが何を表現したいのかによっても判断が異なってきます。

 

──もっといい音にしようと思えばできるのに、ほかを優先せざるを得ないケースもあるんですね。

 

吊り重量の制限がけっこう厳しかったり、いろんな決め事が多い会場もあります。そういうときは、その中で何ができるかを考えてやるしかない。最近新しくできた会場などでは、その制限がほとんどなくなっています。来年サカナでもやる千葉のLaLa arena TOKYO-BAYなどは耐荷重も電源容量も十分にあるので、使いたい機材をほぼ制限なく使うことができる。バスケットボール用のアリーナですが、コンサートなどほかの用途での利用もしっかり想定した設計がされているんです。

 

──いくら音響技術が進化しても、そのポテンシャルを発揮できる会場がなかったら意味ないですもんね。

 

そうですね。今、そういう設備の充実した1万人規模のアリーナが日本全国にどんどんできていますから、ありがたいなと思っています。

PAの仕事はなくならない

──技術の進歩や会場の充実などが目覚ましい状況にある中で、今後の展望はどのように見ていますか?

 

PAというのは、ほぼほぼ100%が仮設なんです。何もないところにスピーカーやアンプ、ミキサーなどを持っていってそれを設置するところから始まり、公演が終わったら全部元どおりに片づけて帰る。でも、最近新しくできたホールは常設でスピーカーが吊ってあるところも多いんです。SGC HALL ARIAKEやMoN Takanawaなどがそうですが、そういった会場では仕込みや撤収の時間が短縮できます。スピーカーの位置を自由に動かせないのは少し残念ですけどね(笑)。とはいえ、業務の効率化や労働時間の短縮につながりますから。機材自体もどんどんよくなってきていますし、時代的にもその方向性へ進むのはいいことだと思っています。

 

──ここまで来ると、もう進化の余地はあまりなさそうですか?

 

現状でかなりのところまで来ているとは思います。でも、もっともっと進化していきますよ。今はAIの技術が音響の世界にも入ってきていまして、リアルタイムでのピッチ補正やフィードバックの除去などをAIでできるようになってきているんです。現状ではまだ処理スピードが現実的ではないですが、今後コンピュータの性能が上がるのに伴い、どんどん現場で活用されるようになっていくと思います。みんなが簡単に使えるようになれば、もっと進化していくんじゃないかなと。

 

──なるほど。確かに今、AIはあらゆる分野に活用され始めていますもんね。音響の世界も例外ではないと。

 

ただ、最終的な音の出口がスピーカーであることには変わりません。これはもう何十年も前からずっと、紙のコーンを動かして音の波を作り出し、それをお客さんの耳に届けるという原理は一緒なんです。昔に比べたら機材が軽くなったり小さくなったりはしていますし、処理の効率化や自動化もどんどん進んでいますが、そうした根本的な仕組みが変わらない限りはPAの仕事というものはなくならないと考えています。

 

──そうですよね。誰でもできる仕事になっていく可能性があるとしても、やっぱり誰がやるかで違いは出るでしょうから。

 

かなり如実に出ると思います。

信念を持っていないとできない仕事

──今回、MAJに最優秀ライブ音響スタッフ賞ができたことで、音響スタッフを志す若者が増えるかもしれません。そういう人たちへ向けて、「こんなに楽しい仕事だよ」というメッセージをいただけますか?

 

楽しいところは、やはり一体感ですかね。ライブは時間芸術であり空間芸術なので、アーティストを中心として客席やスタッフも含めた全体の息がぴったり合ったときに、すごい満足感を得られるんです。ライブが終わったあとにお客さんが笑顔で帰っていく瞬間がやはり……毎回毎回そうはならないですけど、だからこそ全部が噛み合ったときの充実感は何物にも代えがたいですね。

 

──逆に大変なところは?

 

どんな業界でもそうですけど、入ってみるまでわからない大変さはあります。単純な話で言うと機材が重いので(笑)、肉体的にキツい部分はありますね。それに加えて朝が早くて夜も遅いから、わりとそこでめげちゃう人は少なくないです。だから本当に、信念を持っていないとできない仕事ではあると思います。普段の生活で80キロのものを持つ機会なんてまずないですが、この仕事では日々普通にありますから。その苦労を越えた先に楽しさが待っている、ということですね。

 

──その楽しさを信じ切れる人が、この仕事に向いている?

 

そうですね。もしくは、それを苦しいとすら感じない人(笑)。何も疑問を持たずに「これが普通だよね」と受け入れられるくらいの人のほうが長続きします。あとは日本全国いろんなところへ行ける仕事でもあるので、旅好きの人も向いているかもしれないですね。