文化庁・都倉俊一長官×Spotify鼎談|「MUSIC AWARDS JAPAN」が切り拓く日本の音楽文化の未来

音楽業界の主要5団体(日本レコード協会、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、日本音楽出版社協会、コンサートプロモーターズ協会)が垣根を越えて設立した、一般社団法⼈カルチャーアンドエンタテインメント産業振興会(CEIPA)による国内最大規模の国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」、通称MAJ。今年5月21、22日に京都・ロームシアター京都で記念すべき初回の授賞式が行われ、音楽関係者やリスナーから大きな注目を浴びた。
この新たな音楽アワードの開催に伴い、CEIPAやMAJ立ち上げの旗振り役となり、5月の授賞式でプレゼンターの1人を務めた文化庁の都倉俊一長官と、授賞式に合わせて来日したSpotifyのグスタフ・イェレンハイマー氏(VP、マーケット&プレミアムビジネス担当)、ジョー・ハドリー氏(グローバル音楽パートナーシップ責任者)による鼎談が実現した。「世界とつながり、音楽の未来を灯す。」というコンセプトを掲げるMAJにはどんな意義があるのか? 「ベスト・オブ・リスナーズチョイス:国内楽曲」「ベスト・オブ・リスナーズチョイス:海外楽曲」という2つのアワードカテゴリーに協力しているSpotifyが日本の音楽文化に期待することとは? 世界における日本の音楽市場の現在地という視点を交えながら語り合ってもらった。
取材・文 / 柴那典
2025年の今、日本で新しいアワードを始めることの意義
──この対談を行っているのは5月22日午前。昨日21日に「MUSIC AWARDS JAPAN 2025」のPremiere Ceremonyが開催されました。そして本日夜にGrand Ceremonyが行われますが、現時点でどんな実感がありますか?
グスタフ・イェレンハイマー 昨夜は日本の音楽の海外展開にとって画期的な瞬間でした。音楽業界のあらゆる分野の関係者が一堂に会したことに感動しました。普段は個別に音楽業界のパートナーと会うことが多いのですが、全員が同じ場所に集まり、その興奮を共有できたことは大きなターニングポイントになったと思います。
ジョー・ハドリー グスタフの言う通り、あの会場に足を踏み入れた瞬間に興奮を感じました。初めて会う方も多かったですが、国際的なパートナーの方々も多く参加されていて驚きました。日本からも世界中からも人々が集まり、この歴史的瞬間をともに祝えることをうれしく思います。
都倉俊一 前例のない規模でやっているわけですから、正直なところ、スタッフは本当に大変だったと思います。僕の立場は協力し後援するというものですからね。こうした国際的な音楽賞を国が認めて応援し、日本の文化を海外に発信する第一歩となった。それが何より重要なことです。石破(茂)総理からも応援のメッセージをいただいた。光栄で喜ばしいことでした。

──「MUSIC AWARDS JAPAN」を立ち上げたときの狙いや経緯について改めて教えていただけますか?
都倉 きっかけはコロナ禍での社会全体の閉塞感でした。その時期は音楽産業にとっての大きな転換期でもあったんです。ただ、CDに代わって音楽配信が主流の伝達手段として確立されつつある時期に、日本は出遅れてしまった。最先端を行ったのは韓国でした。K-POPが世界中をリードし、ブームを作り出した。一方で日本は立ち遅れてしまっていた。そのことを音楽業界全体が自覚し、危機感を共有したわけです。僕は文化庁という場所にいますが、音楽家であるからこそ危機感を持っていた。壁を作っていてもしょうがない、みんなが一致団結してこの危機を乗り越える必要があると。そこでCEIPA(一般社団法人カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会)という団体を作ろうと動き始めました。そしてCEIPAが設立されて、次は何をするのか。我々の頭の中にあることを形にするには1つの大きな花火を打ち上げる必要がある。それが「MUSIC AWARDS JAPAN」ということです。
──2025年の今、日本で新しいアワードが始まることにどんな意味合いがあると考えていますか?
グスタフ 日本ではほかの市場に比べてストリーミングへの参入が遅れていたのは事実です。日本の音楽市場は世界第2位の規模を誇り、長年にわたってクリエイターに収益をもたらしてきました。その強みが、逆にストリーミングへの移行が遅れた理由の1つになったとも思います。Spotifyは日本に進出して約9年になりますが、2025年の今、かつてないほど強い成長の兆しを感じています。我々にとって日本は世界で最も重要な市場の1つであり、より多くのリソース、エネルギー、情熱を注ぎたいと考えています。
都倉 今、J-POPは世界に浸透し始めています。じわじわと広がってきている。これはやはり配信という新しいシステムのおかげでしょう。世界中で、ネットワークを通して誰もが自由に未知の音楽を聴けるようになった。例えば70年代、80年代に書いた僕の曲が、今、ロンドンやパリで聴かれている。そんなこと、当時は誰も想像していなかったわけですよ。いろんな伝達手段がミックスして、音楽情報が自由に世界中に伝わる。日本がその波に乗り始めた年にMAJがスタートした。僕はそういう認識です。
──今おっしゃったように、ストリーミングサービスはここ10年で大きく音楽のマーケットと文化を変えてきたわけですが、この変化と先行きについてはどう見ていますか?
グスタフ ストリーミングは世界中の音楽業界を根本的に変革し、加速させました。リスナーが新しいアーティストや音楽を発見する障壁を大幅に減らし、CD時代と比べて発見のスピードが格段に速くなりました。これは世界中のアーティストにとって非常にポジティブなことです。新しいアーティストを見つけやすくなり、音楽は国境を越えて聴かれるようになりました。そして、アーティストは自国に限らず世界中でファンを獲得することが可能になり、我々もその成功例をたくさん見てきました。これこそがSpotifyの中核的な魅力であり、CEIPAと「MUSIC AWARDS JAPAN」とのコラボレーションで目指していることです。
ジョー Spotifyには現在約6億8千万人のユーザーがいますが、地球上には約80億人の人がいます。そう考えると、Spotifyもまだまだ始まったばかり。我々にもまだ成長の余地があるということですね。とても興味深い統計データをお伝えすると、日本のアーティストが昨年Spotifyから受け取った収益は、その約50%が海外からのものでした。さらに収益の75%は日本語の楽曲。音楽は国境を越えて、日本語のままで広がっているのです。かつては海外進出には英語で歌う必要があると考えられていましたが、もはやそうではありません。これは本当に新鮮で励みになる発見です。

都倉 これまで、みんな言葉の壁は絶対的なものだと思っていたんですよね。しかし、実はそうではなくなってきた。不思議なことに、文学でも同じような現象が起きています。言葉の壁があるから、日本の文化の中でも文学は最も海外に進出しにくいと言われていた。ところが今、イギリスで日本文学がブームになり、芥川賞作品がベストセラーになっている。演劇の聖地であるロンドンのウエストエンドで全編日本語の舞台「千と千尋の神隠し」が大ヒットしている。こうした現象の背景には、もちろんいろんなツールもありますが、優れた翻訳者の存在も大きいと思います。日本が国際化していくと同時に、日本の文化を愛する世界中の人々がそれを母国語に翻訳しようとしている動きがある。特にこの10年間の変化はすごいものがあるんですよ。文化庁では翻訳者育成事業として毎年翻訳コンクールを開催しているんですが、応募者が圧倒的に増えてきている。言葉の壁を越えた日本の文化に対する興味が高まっている。AIの発展を考えると、この流れはさらにスピードアップするはず。それが僕の今の考えです。
SpotifyがMAJに協力しようと考えた理由
──MAJに対してのSpotifyの取り組みについては、どんな意義を感じていますか?
ジョー 今回、私たちは「ベスト・オブ・リスナーズチョイス:国内楽曲」と「ベスト・オブ・リスナーズチョイス:海外楽曲」という2つのアワードカテゴリーに協力しました。国内外の音楽ファンが、この2つのカテゴリーにSpotify上から投票できる機能を提供させていただきましたが、世界の音楽ファンを巻き込んだ取り組みにするというのはアワードを真にグローバルなものにするという点において非常に重要だったと思います。私たちが最も期待しているのは、日本の音楽文化が世界中に広がり、日本のアーティストやクリエイターにポジティブな影響を与えることです。MAJがその触媒となることを期待しています。

グスタフ ファンはアワードが民主的なプロセスで行われることを望んでいます。密室で決まるのではなく、音楽を聴き、アーティストと関係を築いているファンが参加できる。日本と海外の投票者が自分たちの手で参加できることが重要です。この2つのアワードカテゴリーに携われたこと、CEIPAやMAJとコラボレーションできたことを光栄に思います。
都倉 今や音楽ストリーミングサービスなしに音楽業界のことは考えられませんから、投票システムや応募システムとして活用できることの意味は大きい。Spotifyを投票手段として使わせていただいくことも、MAJの大きな新しい売りの1つです。
──SpotifyがMAJに協力しようと考えた理由は?
ジョー 端的に言えば、重要な文化的、歴史的瞬間だからです。日本の歴史の一部になれる機会を逃すわけにはいきません。特に芸術とエンタテインメントに関しては、文化的に重要な場所に立ち会う責任があると感じています。CEIPAとの話し合いで、MAJが大きなインパクトを持つことは明らかでした。
グスタフ 東京やほかの大都市の若い世代にとって、ストリーミングサービスはすでに何年もの間、日常生活の一部になっています。しかしほかの地域ではまだまだメインストリームなものにはなっていません。このような大規模なイベントは、音楽が日本にとって重要であり、ストリーミングが定着したことを全国の人々に示すきっかけとなります。だからこそ私たちの参加が重要なのです。
──Premiere Ceremonyを拝見していて思ったことですが、アーティストだけでなくエンジニアなど裏方にも賞が与えられることにも意義があると感じました。そういったことも含めてグラミー賞が1つのモデルになっているのでしょうか?
都倉 僕は1年前から「アジア版グラミー賞」という言葉を意図的に使っていますが、グラミー賞がロールモデルであることは間違いありません。MAJのキーワードは「5000人の音楽関係者が選ぶ賞」です。グラミー賞は1万人以上の投票者がいますが、重要なのは音楽産業に関わるありとあらゆる人々、アーティストからエンジニアのような裏方まで全員が投票に参加することです。これまでの日本の音楽賞の歴史を見ると、これは革命的なことですよ。
──グラミー賞など国際的な音楽賞は音楽カルチャーやマーケットにどのような影響を与えてきたと言えますか?
グスタフ 音楽業界がアワードや、文化について祝う大規模なイベントを開催することは、ストリーミングサービスに非常にポジティブな影響を与えます。MAJのあと、さまざまなアーティストの人気が国内外で拡大するでしょう。グラミーのあとも同じことが起き、ヨーロッパでは「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」でも同様の現象が見られます。これらは成功の好循環を生み出します。グラミーとMAJの特徴は、音楽業界を幅広く讃えることです。人気アーティストだけでなく、普段スポットライトを浴びることの少ないエンジニア、プロデューサー、ソングライターなども表彰される。それが重要です。

──都倉長官が「アジア版グラミー賞」とおっしゃったように、MAJは主要部門として「アジア楽曲賞」が含まれていることも重要なポイントだと思います。アジアの音楽を日本から讃えるというコンセプトについてはどんな考えをお持ちでしょうか。
都倉 僕は日本音楽著作権協会(JASRAC)会長などとして長年著作権に関わってきたんですが、その中で、アジアで初めての音楽創作者による地域団体の「アジア・太平洋音楽創作者連盟」を立ち上げました。世界にはCISAC(著作権協会国際連合)があるんですが、世界で最大の人口を抱える地域であるアジアには創作者の団体がなく、著作権も守られていない国が山ほどあったんですね。そうした国々の人たちと接してきて感じたのは、みんな日本に対して非常にリスペクトし、憧れを持ち、頼っているということです。だからこそ日本がリーダーシップをとって、アジアの文化を世界に発信する旗振り役を果たしていかなければいけない。今回のセレモニーにはベトナムのアーティストも参加してくれていますが、MAJはその象徴的な取り組みになると思います。そしてこれを、映画、演劇、アートなどさまざまなジャンルに広げていく必要がある。音楽の次は映画産業かもしれない。世界中の映画祭と提携したいと思っています。文化芸術を日本の基幹産業にする。それが僕の目的です。
最も大切なのは“Made from Japan”
──Spotifyのお二人はアジアと日本の音楽カルチャーをどう見ていますか?
ジョー 日本の音楽は驚くほど多様で、年々増加するペースで広がり続けています。ここ最近は千葉雄喜のようなアーティストがブレイクした例もありました。世界的な人気アーティストから日本のポップカルチャーについてのリファレンスも目立って増えています。
グスタフ Spotifyにとってアジアは世界で最も成長している地域で、我々も地域オフィスを開設し、投資を増やして業界をサポートしています。日本の音楽についても、昨年と今年、世界的に有名なライブフェスティバル「Coachella Valley Music and Arts Festival」で多くの日本のアーティストが大きな役割を果たしたように、海外展開の最高の時期が来ていると考えています。そしてその発展に参加できることを非常にうれしく思っています。
──こういった現状を踏まえて、日本の音楽がさらに世界に広がっていくためにはどんなことが必要だと考えていますか?
ジョー 多くの場合、地域の内外でのコラボレーションから成功が生まれます。例えば、南アフリカのアーティストのタイラはナイジェリアのアーティスト、アイラ・スターとコラボレーションしてヨーロッパやアメリカで本格的にブレイクしました。重要なのは、プラットフォームのデータとツールを活用し、意味のあるコラボレーションの相手を選ぶことです。
グスタフ これまでの成功例では、グローバルなスーパースターとのコラボレーションが挙げられます。ラテン音楽ではルイス・フォンシとジャスティン・ビーバー、アフロビートではバーナ・ボーイとエド・シーラン、K-POPではBLACKPINKのROSÉとブルーノ・マーズ。これは意図的な取り組みであり、必要不可欠なものです。小さな音楽市場のアーティストにとっては「なぜグローバルスターが自分たちとコラボレーションしたいのか」と疑問に思うかもしれませんが、実は彼らも積極的です。なぜなら、各市場で成功しているアーティストとコラボレーションすることで、彼らもファン層を大きく拡大できるからです。コラボレーションの機会を積極的に探すべきです。
都倉 僕は“FBI”というコンセプトをよく言っているんです。“FBI”というのは“Made from Japan 、Made by Japanese、Made in Japan”のこと。“Made by Japanese”はすでにたくさんあるんです。クラシック音楽、バレエ、ブロードウェイ、俳優など、自分の可能性を求めて世界で活躍している日本人のクリエイターが世界中にいます。ただ、今の日本はまだ“Made in Japan”に固執している。これは鎖国しているようなものです。自分たちで壁を作っている。最も大切なのは“Made from Japan”。必ずしも日本人によって作られる必要はない。日本に才能が集まってくることが大切です。日本のアーティストとコラボレーションしたい人たちが日本に集まってくる。「MUSIC AWARDS JAPAN」がそのきっかけになったら素晴らしいと思います。

──最後に、この先の日本の音楽文化にどんな期待を持っていますか?
ジョー ジャンルの多様性や、日本の音楽が日本語のままで世界中に広がっていることは、大きな可能性を示しています。そしてアーティストたちがその中心に立っている。私の期待はとても大きく、我々も一緒にできることがたくさんあると思っています。
グスタフ 今、世界中で日本の文化とソフトパワーが注目されています。食文化、ゲーム、アニメ、そして最近は野球まで。エンタテインメントのあらゆる分野において、日本のプロフェッショナルが世界のトップに立てることを証明しています。そして音楽分野でも同様の例がさらに多く生まれることを期待しています。なぜなら確かな才能があり、業界のすべての関係者がコミットメントを示しているからです。今後より多くのポジティブな動きが生まれることを楽しみにしています。
都倉 今年の春に発表された2024年の日本の産業別輸出額を見ると、1位は自動車産業ですが、驚くべきことにコンテンツ産業が半導体や鉄鋼産業を抜いたんです。半導体が5.5兆円、鉄鋼産業が4.8兆円、コンテンツ産業が5.8兆円。ただし、グラフを見るとその90%がゲーム、アニメ、マンガなんです。だから、今はまだ夜明けの段階です。日本のコンテンツ産業、アートやカルチャー産業の潜在力は計り知れない。CEIPAの正式名称は「カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会」。いかに文化を産業化するかがCEIPAの目的です。音楽に限定していません。日本は経済大国だけれど、もう大量生産、大量消費では立ち行かないわけです。世界一の高齢化社会ですから、付加価値の高い産業を育てる必要がある。その中心にMAJを位置付けることもできると思います。そして最後にもう1つ。そこから新しいヒット曲が生まれ、新しいアーティストがデビューするような、ユーロビジョンのような要素をMAJに組み込めないかとも考えています。例えば1974年に開催された「東京音楽祭」からはThe Three Degreesの世界的なヒット曲が生まれた。そういう要素についても議論を進めています。